渡辺利夫氏(拓殖大学総長・学長)

渡辺利夫氏(拓殖大学総長・学長)

〔V 「振興中華」と五族協和〕

 「振興中華」と「五族協和」と書いてあります。これは歴史のアイロニーだと言っていいと思います。近代主権国家と銘打った以上、近代国家建設のために国民のエネルギーを凝集していかなければなりません。その凝集の原理は、民族主義であり、中国で言う愛国主義であり、我々の言葉で言えばナショナリズムです。
 そのときに叫ばれたスローガンが「振興中華」です。今の中国共産党のスローガンも振興中華です。皆さんも中国のまちを北京でも上海でも歩けば、赤い下地の布に金の字で、あるいは白い字で、「振興中華」と書かれているのを必ず目にされていると思います。実は、これは孫文が辛亥革命時につくったスローガンなのです。
 振興中華には、もちろん漢族、満族、モンゴル、チベット、ウイグルの五族が入っていて、これらを中華として一くくりにしようというわけです。「五族協和」です。しかし、五族協和なのですが、その本音は漢族への同化です。
 Vに書いてありますが、『孫文全集』から引用した短い一文です。こうあります。「漢族ヲ以テ中心トナシ満蒙回藏四族ヲ全部我等ニ同化セシム」です。漢族中心主義であり、満族、「蒙」はモンゴル、「回」はウイグル、「藏」はチベットです。これは「全部我等ニ同化セシム」というのです。現在の共産党のスローガンも孫文の思想を引き継ぎ、振興中華だとは先にも申し上げました。

〔W 帝国を志向する中国〕

 孫文の辛亥革命以来、中国は北伐、国共内戦のような非常に厄介な混乱期に入ります。結果的には共産党が国民党に勝利し、1949年10月1日に中華人民共和国が成立するわけです。確たる共産国家が国内の異民族の自由をほうっておくわけはない。同化のために極めて強い軍事的な圧力をかけ、あるいは、漢族をそこに大量に送り込んで同化させます。チベット文字、モンゴル文字、ウイグル文字などはいずれなくなってしまうかもしれません。子供たちは全部、中国語の勉強をさせられるという民族浄化の運動が大規模に展開されています。それに反抗するチベット族やウイグル族やモンゴル族の自立的な運動が起き、現在でも新聞をにぎわしています。オリンピックを前後するころには新疆ウイグルのカシュガルで暴動事件があり、この間、世界ウイグル会議で会った人からは、「中国政府の発表は全く当てにならない。我々の推計では、あの暴動により2日間で3,000人以上が虐殺された」という話を聞いています。
 本屋さんに行くと、内モンゴルがいかに国家的暴力によって苦しめられたかを描いた『草原の墓標』がありますし、その他、チベット、ウイグルについても、最近は日本でもたくさんの本が出始めています。中華人民共和国がナショナリズムを発揚する過程で異民族を自分の中に同化するために、どれぐらいのエネルギーを注いだか我々は知ることができるわけです。中国は主権国家の概念をヨーロッパから導入し、国内を同化し、今度は外洋への進出を大変な勢いで始めているのです。帝国を志向する中国というのは、そういう意味です。
 ここでは帝国主義の定義はあえてしませんが、要するに強大な軍事力と経済力をもって、他国に膨張主義的な戦略をとる国を帝国主義と言っておきます。現在の中国では国力の増強、軍事力の増強、世界における中国のプレゼンスの向上に伴って、中国人のナショナリズムが非常な高まりを見せています。私の仮説ですが、その高まりのもとに中国に古来の華夷秩序の遺伝子(DNA)が、覚せいを始めたのではないか。最近の中国のナショナリズムは実に傲慢であり、強硬であり、挑発的でもあります。南シナ海を、そして最近では何と尖閣諸島海域をも「核心的利益」の場だと言って、ベトナム、フィリピン、インドネシア、日本に強い圧力をかけています。ああいう姿を見ていると、やはり華夷秩序観念の復元ではないかと私には思われます。伝統的な王朝の遺伝子が再び覚せいしつつあるのが、現代の中国ではないかというのが私の解釈です。
 そのことを一番はっきり明かしているのが、1992年に出された中国の国内法である領海法です。レジュメを見てほしいのですが、1992年というのは天皇陛下がご訪中した年です。日中関係が非常に穏やかに推移していると思われていた時期に、実は裏ではこのような法律がつくられていたのです。
 その2条を見ます。「中華人民共和国の領海は中華人民共和国の領地領土と内海に隣接する一帯の海域とする。中華人民共和国の領地領海は中華人民共和国の大陸とその沿岸の島嶼、台湾及びそこに含まれる釣魚島(尖閣の中国名が釣魚島です)とその付属の各島、澎湖列島、東沙諸島、西沙諸島、中沙諸島、南沙諸島及びその他一切の中華人民共和国に属する島嶼を包括する」。そうはっきり書かれています。中国を取り巻いている島の全部は、台湾や尖閣はもとより、これは全部、中国のものですよ、ということを静かにうたっていたわけです。このことに日本人は気づかなかったし、外務省は気づいていたでしょうけれども、当時、これが重大な問題だという認識は薄いものでしかなかったのです。
 また中国も、この法律で規定された海洋を自分のものにするための軍事力をまだ十分持っていなかったがために、現実には力の行使はしないでいたのです。それがゆえに日中関係は順調に推移し、天皇陛下のご訪中にも至ったということだろうと思います。
 しかし、逆に言えば、中国がこれらの領地、領海を自分のものにし得るという自信を持ったときには、必ず東シナ海に出てきて五星紅旗をそこに立てるであろうと当然考えなければならない。そのことを次に話します。

〔X 韜光養晦〕

 これはちょっと読みにくいのですが、日本語で「トウコウヨウカイ」(韜光養晦)と読みます。「光」と「養」を取ると、「トウカイ(韜晦)」と読めます。これは日本語の辞書にも載っています。「韜」というのは、包み隠すという意味です。「晦」はくらますという意味です。ですから、「韜晦」というのは、才能や本心を隠して人の目をくらます、ということになるわけです。外国に悟られずに着実に力を蓄え、しかるべき時に備えようというのが韜光養晦戦略なのです。
 この戦略はいつ出たかというと、忘れもしない1989年6月のことです。この年の6月4日に、北京・天安門事件が起こりました。私もアジアを長く勉強してきましたが、あれぐらい大きなショックを受けた出来事もありませんでした。
 余談ですが、それまでの中ソ対立がゴルバチョフの登場によって終わり、ゴルバチョフが北京にやってきて、趙紫陽と握手して中ソ共産党の和解を図るという歴史的な大事件の日でした。世界じゅうのジャーナリストが北京に集結していたわけです。その目の前で天安門事件が起こり、一挙に我々のテレビにまで映された。極めてショッキングなことだったわけです。
 このショッキングな出来事により、全世界の国々が対中経済制裁という挙に出たわけです。中国は国際的に完全に孤立してしまいました。しかし、最高実力者の搶ャ平はひるまず、韜光養晦でいこうではないかと提唱したのです。「こんなに我々は世界じゅうから責められているんだ。しかし、国力と軍事力の増強は絶対必要なんだから、悟られないようにこっそりと強く大きなものをつくっていこう」そういう戦略を立てたのです。それが1989年で、1992年には搶ャ平の南巡講話があり、以来、皆さんご承知のように、20年にわたって実質で10%を前後する高度経済成長をほぼ一貫して続け、軍事費は20年にわたり2けたをずっと維持してきたのです。
 それで、韜光養晦はぼつぼつ放てきしよう、この戦略は放棄してもいいのではないかと、どうやらこの二、三年、中国は考えるようになったのだと思います。もちろん、中国に対しては日米同盟、米韓同盟、台湾関係法があり、少なくともその3つの強力な同盟関係によって対中抑止が可能だと西側は考えているかもしれませんが、今の中国はまさに自信と傲慢に満ち満ち、「いや、それは打ち破ることができるかもしれない」というふうに考え始めて、包み隠すことをやめてきているとみなければなりません。
 沖縄と宮古島の間の海域を宮古海峡というのですが、ここを4隻の艦船が、8隻の艦船が、11隻の艦船が何月何日に通過し、ある艦隊は沖ノ鳥島周辺に行って軍事演習をし、軍事演習が終わってから日本を周回し、また宮古海峡から中国の母港に戻る。こういったことは、もう本当に三、四カ月に1回くらいの頻度で起こっています。つまり、宮古海峡は既に中国にとっての公然たる艦船の通過路になってしまっているというのが現状です。韜光養晦戦略をもう放てきしたのですから、別に日本人の神経を逆なでしたってどうということはない。自分たちはもう力で行くんだという空気が特に人民解放軍に強く流れていると言っていいと思われます。
 衰えつつあるとはいえ、日本は第3位の経済力を持っている世界の大国です。この日本への対応をいちいち気にしないで、領海侵犯を平気でやっています。中国漁船衝突事件も起こしています。先ほど言ったように、南シナ海の国は日本よりはるかに小さく、中国の圧力に弱い国ですが、そこで乱暴狼藉を働いています。いくつかの出来事を見れば、韜光養晦戦略の放てきという私の説は、かなりの信憑性を持って受け入れられると思います。機会があれば、毎年出ている防衛白書をぜひ見ていただければと思います。

〔Y 中国は後れてやってきた帝国主義国家である〕

 さて、Yに行きますが、このように中国を解釈してみると、中国という国は後れてやってきた帝国主義国家だという表現が一番的確ではないかと、最近、私は思うようになりました。国力と軍事力の増強を背景に、ナショナリズムうつぼつたる大国が中国です。この中国が海洋覇権掌握のための対外膨張をやってこないと考えるほうがおかしい。尖閣諸島での中国の対応は、あからさまに強硬でした。
 しかし、よく考えてみれば、これは当然のことではないか。国力と軍事力を強め、ナショナリズムを巻き起こしつつある大国が海洋を求めて膨張してくるというのは、当然のことです。
 おととしの9月7日、尖閣で中国漁船衝突事件が起こり、この事件の翌日以降、8日、9日あたりの全国5紙の社説は、まるで絵にかいたように「中国の理不尽な行動」と書いてありました。それを見て、私は率直に言ってがっくりしました。理不尽だというのが実に私には理不尽に聞こえたのです。理不尽だと言うのでれば、そう表現したほうが既に敗北だというふうにも思ったのです。興隆期の大国がそのような挙に出るということは、当然あり得るシナリオとして、これに即応する戦略を練り上げてこない日本のほうがおかしいと言うべきです。相手の行動を理不尽だと言うのであれば、こちらはそれに対応する戦略の立てようがありません。相手に理がないと考えるのならば、理性的な対応はできないということです。
 実は、私はこの出来事に対してあちらこちらから意見を求められて、自分でもおもしろい表現を使ったなあと思う1つのフレーズがあります。私は中国のこの強硬な対応を見ていて、「自分の古い自画像を見ているようだ」と発言したことがあります。つまり、自分の過去を怜悧に見てみよ、そうすれば対外膨張をやった歴史は必ずある。中国だけがそんなことをしないと考えるのは理に合わないと、言ったわけです。
 わかりやすい例で言えば、一つはドイツ、一つは日本、一つはアメリカです。
 ドイツですが、19世紀の後半期、ビスマルクによってドイツ帝国の統一がなります。その後、ウィルヘルム2世となり、実にあの時代のドイツの対外膨張というのは激しいものとなりました。この中欧に出現したドイツ帝国の膨張主義こそが第1次大戦の原因となり、ひいて第2次大戦の原因になっていったわけです。ドイツの対外膨張主義には歴然たるものであった。
 わが日本はどうであろうか。日清戦争に勝利して台湾と澎湖諸島と遼東半島を領有しました。遼東半島は、当時の日本人にとってはまことに屈辱的なものでしたが、結局、三国干渉によって清国への還付を余儀なくされました。しかし、台湾と澎湖諸島は日本のものになりました。
 日露戦争により日本は韓国の自由処分権を日本が得ました。その後、韓国を保護国化し、全土を植民地にしたことは紛れもありません。満州事変を経て満州国を建国したことも事実です。日本も帝国主義の時代にあっては対外膨張主義をとったことは歴然としております。
 アメリカはどうかというと、東部13州から始まって、中部を経て、カリフォルニアまでやってきます。西部開拓です。ここでフロンティアがなくなってアメリカは拡張主義をやめたかというと、そんなことはありません。カリブ海に戻って、スペイン領プエルトリコの割譲を受けます。キューバを保護国にします。それから、コロンビア領のパナマ運河の永久航行権を得て太平洋に出てきます。そして、ハワイ、グアムを領有します。それからフィリピンへ出ていって、米西戦争に大量の兵力を送りフィリピンを植民地化します。そして、なおかつ門戸開放、機会均等というスローガンをもって中国に出ていこうとしたわけです。
 ほかにもいくつもの例があると思うのですが、あの時代にあって、そういう対外膨張行動をとらなかった国は弱小国として安住の地を得られなかったと言うべきでありましょう。
 一言で言えば、我々も過去に対外膨張の衝動に身を焼かれた時期はあった。それにもかかわらず、中国の暴力的な対外膨張に対して理不尽だと言っていたのでは、とても中国に対抗できるとは思えません。中国は必ずや膨張してきます。我々が膨張した時期を見つめ、あのときの自分の国の衝動を振り返るべきだろうと思うのです。現代の中国がそういう衝動を持っていないはずがないではありませんか。
 ひょっとしたらロシアのプーチン政権も、シベリア極東に眠る膨大なエネルギー資源を武器として、やはり専制主義の国に戻っていくのだろうと思います。ロシアという国には民主主義のDNAが全くないのではないでしょうか。専制主義のほうが支配者にとっても被支配者にとっても歓迎されるような国だと思うのです。北方四島でのあのかたくなな対応を見ていると、やはりロシアもまた南下への衝動を抱えているのではないでしょうか。このことはこれからもう少し分析する必要があるかもしれません。
 中国に戻りますが、そういう意味で中国とは、後れてやってきた帝国主義国家なのです。現在の中国は対外膨張の内的衝動を抱えた時代局面にある国なのだと思います。中国の体内に宿る内的衝動を怜悧に分析し、その分析の上に立って日本は断固たる守りの意思を固めなければならない。「理不尽だ」などと言っている、へなちょこなジャーナリズムを擁しているような国は、中国に対抗することができないのみならず、ひょっとしたら中国とは共存することさえも難しいかもしれないという危機感を私は持っています。

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