渡辺利夫氏(拓殖大学総長・学長)

渡辺利夫氏(拓殖大学総長・学長)

質疑応答

(質問者1)

 最後の先生のご説明で国有企業の話が出てきました。今度、首席になる習近平は太子党というグループなのだそうですが、今、この太子党の人たちがどのような形で国有企業にかかわっているのか、その辺をもう少しご説明いただけますでしょうか。

(渡辺)

今、名前が挙がったような太子党、また新聞によく名前の出てくる人、つまり政治家が、直接的に企業の幹部となるということは通常ないです。中国が血縁の非常に強い社会であることはご承知のとおりですが、親類縁者など血縁に連なる者が重要ポストを独占するパターンだと言っていいと思います。
 そもそも国有企業の中で大きくなったのは、江沢民・朱鎔基の時代に一群の既得権益者に国有資産を売却して、インサイダー取引によって巨大な収益を得させたからでした。つまり、インサイダー取引ができる情報をがっぽり持っている人たちは、やはりそういう人たちだったわけです。その人たちは政界とのパイプもあるので、いろいろな補助を受けながら拡大していきました。フェアな競争を通じて優勝劣敗原則で巨大化していったわけではありません。そこが我々の社会の大企業家とは違うところだと思います。常に人脈というものが作用しています。どの中国の組織を見ても日本と随分違うのは、やはりそこだと思います。
 裏切らないのは血族だということではないでしょうか。その背後には必ず我々が名前を知っている政治家がいます。台湾もそうですし、また華僑もそうですが、ファミリービジネスの伝統を長く持っている国なので、そのような方向に傾いていくのは、共産党権力のゆえであると同時に文化的伝統のゆえでもあり、これら両面から攻めていかなければならないテーマだと思います。

(質問者2)

 孔子の像があっという間に撤去されたり、一方で毛沢東思想の回帰という動きがあるように伺われるのですが、その辺を先生はどのようにごらんになっていますか。今までご説明いただいたコンセプトの中で、少し私の理解が足りないものですから、ご説明いただければと思います。

(渡辺)

中国を行き来して感じていることですが、社会的には自由度が大きく増してきています。我々はまちへ出ていって、仕事をして帰ってくるわけですが、政治的な意味で何かに拘束されて身動きできないなどという感じは全くない。中国の社会全体がどんどん自由化されてきているのは一面の事実です。
 ただ、1点の例外があります。党批判です。党の批判に直結するような論説やコメントやウェブ等は、もうパーフェクトにだめです。逆に言うと、それ以外はますます自由化されているという、非常に奇妙な感じです。奇妙なというよりも、それがチャイナモデルなわけですが。
 ことしの11月に党大会が開かれ、今お話があったように習近平・李克強体制に移行します。中央政府のトップ常務委員が決まるという意味で、非常に重要な大会です。政治局中央常務委員9人と、さらにその下の200人クラスの中央委員、さらにその下の中央委員候補、これらを全部ふくめて四百何十人の序列が決まるという意味では、決定的に重要な5年に1回の大会です。これが11月にあるので、その権力闘争のつばぜり合いをやっている最中です。ついに党員が8,000万を超えました。今、すさまじい数の権力闘争が展開されているわけです。
 そういう時期なので、党批判というのは実にセンシティブです。ですから、ウェブ等でも党批判になれば、これを次々と消していくという、ものすごく手間暇のかかることをやっているわけです。党大会が終わると、また少しその辺は緩やかになるのではないかと思いますが、最近はそこだけは非常に厳しいようです。
 ちょっと余計なことを言いましたが、これからも党批判は徹底的に締めつけられていくでしょう。それ以外に関しては自由化を進めていくという、我々からするとわかりにくい国になっていくと思います。チャイナモデルというか、ベイジン(北京)コンセンサスというか。中国模式(チャイナモデル)というか、これは何かということについては、今、中国の学会でも結構熱心に議論されています。日本の中国研究者もそれに加わりつつあるわけですが、そういうものはどのようなものがコンポーネントになるのかということを今議論しています。その重要なものの一つは、党批判は許さないということ、しかし、その分だけ経済や文化や社会は自由化していこうという、このダブルスタンダードの中にチャイナモデルの核心があるという考え方にだんだん考えが傾いているのではないかと思います。
 それから、先ほどの中央政府管轄企業の話です。ああいう寡占・独占的な企業が経済全体を引っ張っていくことによって、下も浮き上がっていくモデルがあり得るのだというわけです。そのことによって労働分配率が下がっても、つまり所得分布が不平等化しても、政治的に危機的状況にはならないということです。このようなモデルがもしも有効だということになれば、アフリカの後発国等ではこれは大いに結構だと言いたい国がいっぱいあると思います。しかも、中国から相当なお金が入ってきて、それがアフリカ諸国のある国の王室や政界トップの利権になっていくという構図になると、チャイナモデルはある有力なサポーターを持つかもしれません。その意味で、チャイナモデル、中国模式をどう設定するか、それを今、中国が一生懸命やっているところです。それは「中国のソフトパワーだ」などとも言っています。

(質問者3)

 今、チャイナモデルというお話をされたのですが、私が銀行にいたころ、中国の成功モデルというのは2つの言葉が非常に重要で、1つは、先ほど格差ということを言われましたが、「先に豊かになる者からなれ」という有名な言葉があります。それから、もう1つは、「白い猫でも黒い猫でもネズミをとる猫はよい猫だ」という有名な言葉です。やはり、この2つが中国が経済的成功をおさめた基本的なキーワードではないかと私はずっと思っていたのですが、きょうのお話を聞いていると、潮の目が変わりつつあるのではないかと。つまり、「先に豊かになれる者からなれ」は、もうなってしまったと。そうすると、あと残された貧しい人たちをどうするのかという問題です。
 それから、もう1つ、「白い猫も黒い猫もネズミをとる猫はよい猫だ」というのは、相当かじを切ってきて、国有企業などの白い猫を優遇する、そこへ利益をつけるという恣意的な政策運営がされています。そうすると、経済的成長を成し遂げた基本の成功モデルを潮の目の変わり目で展開するのかなと。展開するとなると、その先に展開したものが成功したという保証はどこにもないわけで、その帰結は相当リスクが高まっていると。経済的成長はここで失われるという可能性が高いと。先生のお話を伺って、そのように聞こえました。私もその潜在的不安をここ一、二年、持っているのですが、この辺についてもう少し敷衍していただければと思います。

(渡辺)

先富論と白猫・黒猫は、いずれも搶ャ平の言った言葉ですが、思い切って単純化して言えば、先富論で中国が発展したのが江沢民・朱鎔基の時代だと思うのです。その高成長に、取り残された人々がいます。あるいは高成長を追求するために投資主導にしていき、環境問題やセーフティネットや教育などの投資の効率がすぐには上がらないようなものに、あまり手をつけなかったのです。このままでは中国がぶっ壊れてしまうという危機感が指導部内でも高まり、江沢民・朱鎔基の後の胡錦濤・温家宝は、まさにこの成長のコストのリスク面を減らそうという戦略を持って出発したのです。いわゆる「和諧社会」論ですね。現在から振り返ってみると、10年前の党大会において胡錦濤演説は、かなり理想主義的なことを言っていたのです。ところが10年たってもほとんど改善されていないし、むしろ分配はその間に不平等化してしまった。中国は一生懸命やっているのですが、それが実を結ばないということです。
 その原因は何かというと、中国はどうしても成長率を落とすことができないということです。それだけ余剰労働力が依然として強いということです。7%、最近では8%と言われていますが、最低でもそのくらいの成長率を維持しないと、失業者がふえていくという構図です。都市における下層の労働力は、ほとんど農村から出てきた農民工です。しかも同郷の人々が一緒のところに住んでいるような居住形態が多いですから、やはり暴動のような形をとりがちです。農村で暴動がいくら起きても、それはあの巨大な国土に点在しているものなので、いくらでも遮断できますが、昔と違うのは都市に不満層が集中しているということです。そういう問題を抱えて、今、中国は非常に弱っているのではないでしょうか。何とか是正しなければ中国社会がもたないかもしれないという恐怖感が一方にあるのです。手を打っているのですが、その手は不十分だということです。
 それから、打っている手がなかなか功を奏さないということについて、最近、非常にいい本が出ています。東洋経済新報社から出ているのですが、日本総合研究所の三浦有史君という人が書いた『不安定化する中国』という本です。ウェブで引いてみてください。この本は、所得分配はもとより、教育格差、医療格差、年金格差の問題を克明に扱っていて、今の中国の年金制度、教育制度、医療制度が、実はこの格差を固定化し拡大する失敗モデルであるというのが、その結論になっています。
 中国は断裂的な社会に陥っていて、そのことが社会的な不安定性、ひょっとしたら政治的な不安定性につながるかもしれないというのが、この本の結論です。よくここまで分析をしたなと私は思います。
 白猫・黒猫の話ですが、同じコンテクストなのでしょう。やはり100匹ぐらいの一群の白猫、つまり巨大な既得権益層を優遇しながら中国経済を引っ張り上げていこうという戦略が、もう一方においてあるわけで、極端に行き過ぎているのではないかというのが私の感想です。
 他のエコノミストに比べて、私は今までの中国は大いに評価できても、これからの中国は経済面でそんなに安定的なものとは到底思えません。
 次の計画がことしの全人大で決まりましたが、これでも成長率を7.5%に置いています。実質年7.5%を5年続けるというのですが、現実に7.5%に押さえ込むことはできないでしょう。先ほど言いました中央政府管轄企業の投資衝動、それから地方政府の錬金術、これが投資をやりまくりますので、もっともっと高いところに行ってしまうのではないかと思います。
 中国経済は危ないという議論はかねてよりあったのですが、ポイントは私が言ったあたりにだんだん、集約されてきており、破綻の時期もそう遠くないと思います。現在は政治的空白期です。胡・温体制がレイムダック期に入っています。習近平さんという人も権力を得てから、江沢民の例がそうであったように、特に人民解放軍という現在の中国の軍事力の増強をしている一番大きな権力者に妥協するのに2、3年はかかりましょうね。江沢民も政治的に妥協したり、彼らの理解を得るために、やはり3年くらいかかったわけです。その期間は合計すると、4〜5年、続きます。これが権力の弱い時期だと思うのですが、その時期に何かが起こらないかという心配をしているのです。

〔了〕

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